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亜希子はずっと病と闘っていましたが、7月26日星の世界へと旅立ちました。

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過去のアルバムを見ると、色んな思い出が詰まっていました。


傍らにはともことゴンが居ます。
この子達のためにも、元気を出して前を向かなくてはと思います。
でもゴンは相変わらずです。
隙あらばと供え物を狙っています。
亜希子はもう唸らないで、ゴンにおすそ分けをやっているようです。
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【】
とても驚いています。
年をとったとはいえ、まだまだ元気な亜希子ちゃんだと思っていたので・・・。
亜希パパさん&亜希子ちゃんと知りたったのはもう8年くらい前になるでしょうか?
ババさんのとこからお邪魔したんですよね。(ババさん、元気してるかなあ?)

亜希子ちゃんと言えば、”大冒険”です。
前のHPを訪ねて見返して来ました。
あれはあのままにしておいて下さいね。
とっても懐かしいし、亜希子ちゃんにたくさん会えるし。
辛いと思いますが、ちょっとずつ元気を取り戻して下さいね。
亜希子ちゃんのご冥福をお祈りします。
【】
レディままさんから様子聞いていましたが
残念です
亜希子ちゃんのご冥福をお祈りします


パパさんとママさんといろいろ旅して亜希子ちゃんも
楽しい一生だったと思います


【さよなら亜希子ちゃん】
今年は、ケイトの父親をはじめ、散歩仲間のワンコやドッグショーでの応援仲間のワンコ等々が次々に亡くなっていきました。そして亜希子ちゃんまでもが虹の橋を渡ってしまいましたね。
命あるものに死は避けられないことは理解していても、悲しいことですね。
 さよなら 亜希子ちゃん あなたは 本当に柴犬として 誇り高く、りっぱなワンコでした・・・・。
【】
突然のことで驚きました。
番犬ハナより亜希子さんは若かったので
まだまだ頑張れると思っていました。
でも亜希パパさんの手を煩わすことなく
虹の橋を渡っていかれたのですね。
お利口さんでした。
きっとゴンちゃんやともこさんを見る度
亜希子さんはこうだった、ああだったと思い出されることでしょう。
それも一つの供養と、私自身が犬仲間さんから教えて頂きました。
亜希子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
【びっくり!!!】
最近、ワンコゴトをサボってました。そんな中、ふとここに立ち寄ったら…びっくりしました。
アッコちゃんは頑張ったのね。虹を渡った世界には、幸之助の先輩ワンコのココちゃんが居ます。柴ワンの女子です。仲良くしてね、宜しくね!
辛くて悲しくて淋しくて…涙が枯れるほど泣いても尽きない位でしょうが、後輩ワンコ達が支えてくれるよね。
落ち着いたら、また一緒に遊んで下さいね。

亜希子ちゃんのご冥福、心よりお祈り申し上げます。
幸之助&幸之助ママ
【亜紀ちゃん、ありがとう。】
まあ・・・そんなに大変な状態でしたのね?
お歳のせいかと思ったりしてましたが・・・パパさんやママさんにひどくお世話をかけさせないで、ひとりで静かに逝かれたなんて・・・立派な最後、ですねぇ~。その日にすぐに逢えてほんとに良かったですね。

パパさんもママさんもどんなにかお寂しい事でしょう、お悔やみ申し上げます。

( 亜紀ちゃんへ・・・)

亜紀ちゃんのお陰で、こちらのブログへおじゃまするようになって、たくさん楽しませて頂きました。ともこちゃんやゴンちゃんとも逢えました・・・ほんとにありがとう。

天国から、パパママさん、ともゴンちゃん達の毎日を見守っていてね。そちらで、家のゲンとエリ探して貰えるかなぁ~?
いろ~んなお仲間がいるから、きっと寂しくないでしょうね。安らかにね、そしてそちらを楽しんでいてね。
【心からお悔やみ申し上げます】
お久しぶりです。
昨日亜希子ちゃんの事聞いてびっくりしまして来ました。
ひとり静かさんに聞きました。

亜紀パパさんとはワンコちゃん繋がりでしたね~
イロイロと思いだしてました。寂しいですね。。。

でも亜希子ちゃん最後までしっかりしていた様子、賢くて
良い子でしたね。

実は。。家のラブちゃんは一足お先に旅に出てます。
2010.4.3でした。15歳8か月の命
早いものです、アレから3年も過ぎて。。。今我が家には
ワンちゃん居ません。ラブが最後のワンちゃんになるかも?

家族同様に可愛がってるのだから悲しのは当たり前だけど
命には限りが有るので仕方の無い事ですね。

アレだけ愛されていた亜希子ちゃんだから、まだ生きたかった
皆と一緒に居たかったかもしれませんね~。

でも、今は時空を超えていつでも傍に居てくれると思うのです。
だから笑顔で亜希子ちゃんを思い出して下さい。私もそうしてます

心からお悔やみ申し上げます  m(_ _)m





【ゆっけさんへ】
お悔やみありがとうございます。

歳相応に運動量は少なめでしたが、こんなに早くとは思いませんでした。
ずっと耐えてたのでしょうね。
“亜希子の大冒険”を憶えていて頂いて、ありがとうございます。
改めて見てみると幼稚な部分もあったりで、ちょっと恥ずかしいです。
橋の向こうではスマートに活躍してくれてたらと思います。
あのHPはデスクと共にデータが無くなって、手を入れることが出来ません。
そっとしておきます。

そうですね、ババさん元気なのでしょうか。
ずっと気になってるのですが・・・
【バーディママさんへ】
お悔やみありがとうございます。

山歩きを始めたり遠出をしたりと思い出をいっぱい残してくれました。
亜希子もそう思ってくれてると良いのですけどね。
【レディパパさんへ】
お悔やみありがとうございます。
その上いっぱい誉めても頂いてありがとうございます。

一番古い友達のレディちゃん。
亜希子の分まで元気でいてください。
【mikihanaさんへ】
お悔やみありがとうございます。

ハナちゃんを目標にしてたのですが、残念でした。
mikihanaさんの経験を参考にして、少しは介護もしてやりたかったです。
富士を挟んで向かい合ったままでしたが、橋の向こうでは一緒に遊んでほしいものです。
【幸之助くん、幸之助ママさんへ】
お悔やみありがとうございます。

コウたんともっと仲良くなりたかったのに、残念です。
きっとココちゃんとは仲良く遊べてると思います。
残った2匹は相変わらずのマイペースですが、また機会があれば遊んでもらえれば嬉しいです。
近くに来られる機会があれば、ぜひお寄り下さい。
【ひとり静かさんへ】
お悔やみありがとうございます。
また、いろいろとアドバイスを頂いたり旧知のブラボーさんの近況まで知らせて頂き、ありがとうございました。
親バカですが、手を煩わせる事も無く逝くなんて、感心な亜希子です。

お礼を言われるなんて、ちょっと恥ずかしいです。
ゴンに似てる親子ワンコ・・・ゲン君とエリちゃんを探して遊んでもらいます。
何かと不自由な毎日でしょうが、みんなで応援してます。
ありがとうございました。
by亜希子
【ブラボーさんへ】
こちらこそお久しぶりです、元気でしたか。
お悔やみありがとうございます。

ラブちゃんは、3年前に旅立ってたのですね。
知らぬ事とはいえ失礼しました。
長寿犬として表彰された事、懐かしく思い出しました。
あらためてお悔やみ申し上げます。

親バカと言われそうですが、亜希子は賢いなって思う事がたくさんありました。
そして最後までも・・・

まだ2匹いるので、これを機に気が向いたら覗いてみてください。
ハチャメチャな出来事があるかも・・・です。
そしてこんな形でですがまた会えた事、ひとり静かさんに感謝です。
【亜希子ちゃん、安らかに…】
亜希子ちゃん、たくさんたくさんありがとうね。
楽しいお話、楽しんでいる写真、いっぱい癒されました。
そして出会いをありがとう。
もしよかったらこれからフムフムと遊んであげてね。

亜希パパさん、まだまだ悲しみの最中と思います…
たくさんの楽しい時間を過ごせた事、亜希子ちゃんはとても幸せだったのです。
これからはゴンちゃんともこちゃんが力になってくれます!
無理に悲しみを沈めずに、2ワンずを頼りにしてくださいね。
ご冥福をお祈りします…
【A_SOULさんへ】
A_SOULさん、私のことを誉めてくれてありがとうございます。
きっとフムフムくんを探して、仲間とも一緒にみんなで遊びます。
by亜希子

亜希子は幸せだったと・・・それ以上の慰めの言葉はありません。
ありがとうございます。
これからは残ったともゴンに、3匹分の愛情を割いてやりましょうか。
【はじめまして!】
 Mikihanaさんのページから偶々こちらを訪ね、愛犬が亡くなられたことを知りました。

 かつてわが家にもコロという名の柴犬がいました。息子が小学校に上がる少し前、「息子が家に帰った時、少しでも淋しさがまぎれるように」と迎えた子でした(当時は共働きでした)。ちょうど妻の勤め先の学校の生徒が「生まれたての子犬を貰ってくれませんか」と言っていたため、息子をその生徒の家に連れて行き、数匹の中から気に入った子犬を貰って帰りました。

 息子が大学3回生になり「実験が忙しくなるから」と京都で独り暮らしを始めた五月の連休前の朝でした。いつものように私の出勤を見送って散歩に出ると、急に地面にうつ伏せになりました。この時はすぐ元気を取り戻しましたが、翌朝(土曜日で勤めは休みでした)、庭でうつ伏せになり荒い息をしていました。掛りつけの病院が休みで近くの他の病院へ行きました。

 病院では「預かって検査をしたい」とのことで夕方まで預けました。迎えに行き、妻が抱くと安心したように妻の懐に身を預けました。「心臓が弱っています。利尿剤を施しましたが、今夜が山かも…」との診断です。車の後部席で妻に抱かれて帰りました。いつも庭暮らしのコロが、息子が小さい時に使っていた布団を玄関に敷くと、安心したように横になりました。

 夜、息子も心配して京都から帰ってきました。妻と息子は先に寝て、午前2時頃、「もういいかな」と床に入るためトイレにたちました。「コロっ」と声をかけると、じっと私をみつめました。トイレから出ると、コロは目を閉じ…眠っていました。顔を近づけると、息がありませんでした。「コロっ!コロっ!」と何度も呼びましたが、目を開けてはくれませんでした。

 大きな発砲スチロールの箱に庭じゅうの花を摘んで敷きつめ、寝かせました。コロは濡れて重い布切れのように一切の力が失くなっていました。顔だけ出してさらに花を敷きつめ、それから妻と息子を起こしに行きました。「たった今、コロが死んだ」と告げました。暫く言葉もなく、ただただ悲しくつらく、コロの顔を、頭を、耳を…三人で撫でつづけていました。
 
 火葬について市に問い合わせると「生ごみと一緒に出して下さい」。 動物霊園を探し電話すると「火葬できます」とのこと。京都に近い山奥にある霊園まで車にコロを乗せ泣きながら走りました。準備が整うまで1時間余り…コロを撫でながら待ちました。からだは冷たく硬くなっていましたが、耳だけはなぜかいつまでもやわらかく、生きているように温かでした。

 コロが虹を渡った1996年5月から17年たちました。最初の数年、妻は喪失感でしばしば涙ぐんでいました。やがてそれも癒えましたけど、本当に癒えたのは息子の飼い猫シマジローを養子に迎えた3年前…のような気がします。はじめはシマを「コロっ」と呼んでは「ゴメンね、シマやったね」と言ったりしましたが、今はすっかり私達の息子になりました。

 私は、コロが逝ってからも、なんどかコロに遭いました。朝、バス停の近くで私を見送り佇んでいたり、休みの日の夕方、散歩に出るとコロの眠る山の上の雲になって私にしっぽを振ることがありました。朝は私をじっとみつめて見送り、夕方は私に尻を向けて去って行くのです。私はコロとず~っと(やはりシマが家に来た頃まで)遭って話していたように思います。

 かなしみは容易に癒えないかもしれません。しかし喪失感とは、逝ったものとなお繋がっている証しでもあります。そしていつかこころが軽くなるとき、その時こそ逝ったものが初めて本当に旅立つ時なのだと思います。私は、一昨年、腎がんを手術し、ベッドで少し弱気になっていた時、「虹の向こうでまたコロと遊べるなぁ」と思うと、元気が湧いたりしました。

 わが家のコロについて記させていただきました。亜希子ちゃんの現実を受け容れながら日々の暮らしに向き合い、冷えた心をゆっくり温め歩かれることをねがいつつ…17年たった今、こうしてコロのことを振り返らせて頂いた亜希子ちゃんに感謝し、心からご冥福をお祈りします。
【デブと某医さんへ】
はじめまして。
読んでいて切ない気持ちになり、涙があふれてきました。
みんなに愛され愛していたコロちゃん、心からお悔やみ申し上げます。
そして温かな慰みの言葉、ありがとうございました。
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<亜希子>


名前:亜希子…女の子
誕生日:1999年5月8日

力の衰えを感じながらも、ファミリーの女王の座を守ろうと必死の毎日です

2013年7月26日虹の橋へと旅立ちました。 私を応援して下さったみなさん、ありがとうございました。 残った ともことゴンを宜しくお願いします。

<ともこ>


名前:ともこ…女の子
誕生日:2005年9月15日生まれ

亜希子から唸られゴンからはちょっかいを出され、いつも貧乏くじのともこ・・・でも愛嬌たっぷりです

<ゴン>


名前:ゴン…男の子
誕生日:2006年11月1日

持ち前の体力をもてあまし、あちこちに発散させてみんなに敬遠されています

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